―私達はこうして前向きになった―

仕事の失敗が怖くなった…そんな私を”言葉が助けてくれた”

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健康的な女性
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今回、ご紹介する方は看護師のお仕事をされている女性の方です。

彼女は仕事であるミスをしてしまい、不眠症になり、冷静さを失ってしまった方です。そして、いつしか彼女は「なんでこの仕事を選んだのか?」っと自分を問い詰めるようになりました。

しかし、彼女は本田宗一郎さんの名言により、立ち直ります。彼女の心の背景で何が起こったのでしょうか?彼女の心理学ワークシートを使いながら解説します。

それでは、彼女がどのように名言で立ち直ったのか?ストーリーを見ていきましょう!

「失敗が怖い」と植え付けられた

パソコンの前で悩む女性

私は現在、看護師をしています。そして、私が失敗が悪い事だと思い仕事をしていた事がありました。

人間である以上、失敗からは逃げることは出来ません。

そんな、「失敗が悪い事」と思いこんでいた私に医療現場でアクシデントがありました。

そんな時、「何事も経験である、失敗をしないと分からない事もある」という事を知りました。助けて頂いた方の事が今でも忘れる事ができません。

私は高校を卒業後、看護師を目指し県外の都会で生活する事になりました。そこで初めて顔を合わす人ばかりだったのですが、人の数の多さや環境の違いに驚き、話しかける事が難しかったと記憶しています。

自覚していなかったのですが、つまり私は人見知りだったことが分かったのです。

人見知りが気になっていた私でしたが、進学した看護学校で、いつまでも話し方などに囚われている訳にもいきません。

というのも、実習が待っています。不特定の患者さんと話すことも必要です。また、看護職員にも学習内容などを説明することも必要となります。

指導教員はいますが、何せ20年くらい前、スパルタチックな指導が主流だったので、学習計画の内容の説明ができないと実習すらせずに帰らされる事もありました。単位がもらえないとほぼ留年決定です。

誰も留年は嫌です。失敗はいけない事だと学んでしまいました。

油断と過信が失敗の原因に…

暗い女性

その後、看護学校を卒業してかなり大きな病院に就職することができました。臨床経験が3年ほど経過したとき、業務にも慣れ担当患者さんが増え任されることが増えてきた時です。

看護師としてちょうど私が担当となった患者さんの療養の計画を立てました。

患者さんは若い方だったので通常の経過に沿って計画を立てました。そして手術は終了し病棟に戻ってきました。病棟へ帰ってきた夜間に、突然暴れだしベッドからの転落事故が起きました。

手術後暴れだす方は時々いるのですが、高齢者が多いので油断していました。転落したせいで、重要な管が抜けてしまい医師を呼んで処置が必要になり、夜勤だった私は叱られました。

翌朝、病棟のミーティングが開かれました。原因の究明と予防策について話し合うためでした。そこで、「計画を立てたとき先輩看護師の意見を聞いたのか」と指摘されました。

「聞きました」と返事をしましたが、計画の中に患者さんを保護する内容が計画の中に入っていないと他の看護師から指摘されました。よく見るとその通りでした。

転落した患者さんは少々精神的に不安定な面があるので注意を促されていたのですが、すっかりぬけ落ちていました。「精神的に不安定」という点に配慮した対策を立てていたら起こらない事故だったとも言えます。

慣れてきて出来るようになった事が増えた頃、他の人の注意を聞いているつもりになっていることが増えていたと思います。

患者さんを危険にさらし「聞かない事による大きな失敗」を経験しました。

手術後という心身共にどんな危険が起こっても不思議ではない状態ですが、油断と過信が起こした事故だったと思います。

失敗したときは何日か落ち込み辛い時間を過ごしました。

本田宗一郎の名言で私は変わった

元気な女性

先輩達からは、「起こったことは仕方ないけど、私も同じことを経験した」「同じ失敗はいけないけど、この経験を生かしていこう」と励まされました。

そして、上司から「自分の力を過信してはいけません、チームで仕事をしているのだから、先輩たちの意見や知恵は貴重ですよ」と言われたのです。目の前にある黒幕が取れた感じがしたのです。

そんな時、本田宗一郎さんの「自分の力の足りなさを自覚し、知恵や力を貸してくれる他人の存在を知るのもいい経験である」という言葉に出会ったのです。

まさに自分自身の事でした。

世界企業の本田宗一郎が「自分の力の足りなさを自覚し」と言ってのけていたのが驚きでした。

出来るという思いこみが過信につながり、事故が起こったという失敗。この失敗がなければ気が付かなかった事でもあります。

その後は自分の考えはもちろん基礎にしながら、スタッフ間の意見交換やアドバイスを求めるようになりました。

その結果、いろんな人と話す機会が増えていきました。他の部門との情報交換もしやすくなったように感じています。そして、経験を重ねる事で指導者の立場になる事も出てきました。

もちろん職業的に甘い指導ばかりはできないので、厳しい言い方になる事はあるのですが、必ず「何事も経験、失敗はしないと分からない事もある」と言えるようになりました。

人見知りで都会への劣等感はあり、自己評価も高くなかった分「失敗はいけないもの」という考えがいつの間にか育っていた私です。

でも、失敗したことで「自分の力不足」を自覚し、「知恵や力を貸してもらった」ことを理解しました。

看護師になって約20年になります。いろんな失敗や経験をしてきました。そのたびに「自分の力の足りなさを自覚し、知恵や力を貸してくれる他人の存在を知るのもいい経験である」を思い返すようになりました。

あの時、落ち込んだら励ましてくれる周囲にはスタッフには感謝をしています。また後輩には私の失敗を含めた経験談をしています。

時代は変わりましたが、失敗をして周囲の助けを得る事で優しさや協力することの重要さは変わりません。

人間は失敗するけど、それを次へ生かす事が出来ます。たった一言ですが、自分の気づきと人と人との繋がりの大切さを言い表していると思います。

これからもこの言葉を忘れないよう、いい経験を重ねて生きたいと思います。

NLP/LABプロファイルで解説

本と花

ここからは何故、彼女は立ち直れたのか?解説します。ポイントは大きく分けて2つあります。

チームを意識する事でフィルターチェンジ

重ねた手

1つ目が個人型のフィルターから近接型にフィルターに移行出来たという事です。

・個人型

個人型とは一人で仕事をする事でモチベーションがあがるタイプで一人で責任を負う事を望みます。そして、仕事中に誰か一人でも邪魔をすると嫌がります。

・近接型

近接型とは責任を明確にしながら一人で働くのではなく、誰かと働く事でモチベーションが上がるタイプです。

そして、近接型は責任が明確ではない状態、完全に一人で仕事をやらなければいけない場合はモチベーションが下がります。

そして、彼女はこんな事を語ってましたね。

上司から「自分の力を過信してはいけません、チームで仕事をしているのだから、先輩たちの意見や知恵は貴重ですよ」と言われたのです。目の前にある黒幕が取れた感じがしたのです。

世界企業の本田宗一郎が「自分の力の足りなさを自覚し」と言ってのけていたのが驚きでした。出来るという思いこみが過信につながり、事故が起こったという失敗。この失敗がなければ気が付かなかったことでもあります。

 

彼女はこのような事を語ってくれました。

「看護師はみんなが交代しながら患者さんを看護します。また治療は医師や検査などほかの部門も連携します。その時に、本田宗一郎の自分の力の足りなさを自覚し、知恵や力を貸してくれる他人の存在を知るのもいい経験であるに出会いました。」

まさしく病院の現場そのものです。それをいい経験と本田は言っていたのです。

偉大な経営者がいい経験という言葉で締めくくっているのが衝撃であり、救いでした。上司や先輩たちも超えてきた道なのだと思えた瞬間でした。私は、一人で仕事をしている気になっていたのです。

この言葉から個人型から近接型にフィルターが移行したのが分かりますね。

ビリーフチェンジ

自然と触れ合う女性

2つ目にビリーフ(思い込み)の存在です。

彼女は失敗した時、このように思われていたようです。「私だから失敗した」っと。

しかし、名言を聞いた事でこのように思われたそうです。「失敗は次へ生かす」そのような新しいビリーフが入る事で彼女の行動パターンは大きく変わります。

 

コチラは彼女の名言を聞いた後のワークの一部です

・考え方が変わった事はありますか?

失敗する前は失敗は悪い事だと捉えていました。しかし、失敗は経験しておいて良いもの、またそれは次へ生かすことができるものという事です。

 

・習慣が変わった事はありますか?

「何でも自分で出来る事を増やしていかなくてはいけない」、という強固な思い込みから、分からないから他の人の力を借りる事を迷わなくて良いという考え方に変わりました。

 

・行動が変わった事はありますか?

「可能な限り自分で解決しなくてはいけない」と思っていたのですが、その可能な限りのハードルが下がり、同僚と話し合う時間が増えました。

 

・環境が変わった事ありますか?

同僚と話す時間が増えた事で、患者さんの見方が変わりました。他の考えを受け入れやすくなったので、仕事の内容の選択肢が増えました。

 

最後に…彼女はこのような事を語りました。

後輩を指導する立場となってきた今は、「自分の力が足りないことは当たり前」「経験が足りないことは悪い事ではない、これから経験して覚えていってください」っと伝えながら毎日、指導しています。

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